八雁短歌会

やかり

向山益雄歌集『檐溜』二十九首抄

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追悼・向山益雄二十九首抄出       阿木津 英選
(八雁第三十四号より)
鉢の花新種いくつか並べるに吾は見慣れしさくら草買ふ
決算を終へし夕べは暮れなづむ鉢のプリムラ色あたたかし
「この人ゐる」若きが開く携帯電話(ケイタイ)に吾が同僚の笑まひて写る
紙芝居「子ぎつねコンちゃん」化くるとき吾が気合こめエイッと引抜く
だいぢやうぶ動いてゐれば倒れない子の一輪車大揺れしつつ
明日のよき出会ひを人に願ひつつ行事予定をボードにしるす
朝あさに手のひらを当てたしかむる吾が授粉せし南瓜の重さ
紫陽花の青を浮かぶる歩道には行き交ふ人らおほらかに見ゆ
いく日か塀に置かれて夏帽子見遣りつつ過ぐ手編みの帽子
書棚よりビジネス向けの本降ろす吾が変はらむとする手はじめに
星空をゆくがごとしも水芭蕉数かぎりなき湿原のなか
いつせいに白き小鳥の飛び立つか半夏生の葉を風吹きぬけて
いにしへの人の歩幅のたくましさ参道の石踏みつつ登る
踏みしめて石の(きざはし)のぼりゆく霧の向かうの雨降(あぶり)神社へ
神々の御座(おは)すごとしも(しろ)(がね)小波(さざなみ)立てる沖ひとところ
金色の夕日の帯は波のうへ(ほぐ)れつつ来て渚にとどく
公園をゆく足裏に伝はり()地下鉄電車のかすかなる音
シャツ着たる犬がボールに躍るたび芝草のつゆ四方に散らす
ビルディング波打つごとくひろがりて果たてに青き筑波嶺の見ゆ
吹き降りはなほ続くらし地下酒場(バー)に襟深く立てて下りくる見れば
紅茶の葉ガラスポットの中を舞ふ夕映えに海鵜群がるごとく
鍋かけて妻は近くへ出てゐるか小豆の匂ひ漂ひ来たる
紺青の画面の空に(ゆふ)(つづ)のごとくにマウスポインター置く
読書灯照らす苦瓜(ゴーヤ)の向かうには奥ふかき闇横たはりけり
職引きしとき仕舞ひたるワイシャツの襟に浮き出づ汗沁みの跡
あぢさゐの青に行きあふときいつも夢のなかなる色とぞおもふ
その父の形見のベルトしめてゆく障害者たる「裕子」の施設に
介護とは(つづ)まるところ「する人」のこころを試す白梅あふぐ
賛美歌をともに歌ひし人びとに裕子よ祝福されて生れ()

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