八雁短歌会

やかり

押谷盛利歌集『旅』二十九首抄

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追悼・押谷盛利二十九首抄出       阿木津 英選
(八雁第二十六号より)
竹串に身を()かるるもなほ動く鮎のいのちをくらふといふは
君古稀の抱ける恋の実るなく山に辛夷(こぶし)の咲き初めにけり
阿波に来て踊る阿呆になりしかばしまらく晴れのこころ続かむ
噴水に手を遣りしぶき浴びにつつはしゃぐ幼に真昼日あをし
団栗の不作に山を下りしとふ子熊いずれも痩せさらばふる
朝なさな鏡にさらすわが顔のおびえごころはだれにもいはず
(はな)し家の話に憂さをはらひたり税申告を終へしその夜
ねんごろに いやねもごろに辞儀しつつ ねもころごろに人は裏かく
羊水の中もかくやと屠蘇に酔ひふうはり温き夢を見てゐつ
歩かねば歩けなくなる(よはひ)かな負荷する脚のときにもつるる
先生の手助けをしてもらひたる五十銭銀貨掌に温かりき
宝物のやうに思ひし五十銭まづ一銭で駄菓子を買ひぬ
ビンボウとふ棒のつらぬく百姓っ子 失うものを持たざる強さ
十二キロ入りたる炭を四俵も五俵も負ひて山降りし父
祖母と母が諍ふときはいづれにもくみせぬ吾の身の置きどころ
倒れたる兵の眼は動くなく(うじ)連なりて這ひまはりをり
声を出す力もなくて凹みたる眼に手を合はす「殺して」と聞く
密林のをちこち骨となりし兵飢ゑてさまよふ修羅のほとけは
行方不明の犬が夜明けを帰りたり飢ゑの自由を学びしならむ
ばうだらにごまめかずのこ江北の山家の贅の忘れられなく
雪国のさだめなれども起きざまに雪降る見れば気の滅入りたる
雪道を血に染めて鹿轢かれをり餓ゑてやむなく山降りしや
うたひまへう日日は祭りぞ手をとりてきみは米寿へわれは白寿へ
桜見て団子を食つてテレビ見てそれでおしまひ明日はあした
酒飲めば媛のことなどかしましききみのをのこもつぼみてゆくか
お迎へがいつ来ようともあわてまい準備は明日の飯だけでよい
起き難きあさと思ふは血の通ふあかしなるらむ血も薄けれど
足重くなりしと九十の媼いふうべなふわれの耳のうとさよ
十六夜の月を仰ぎて悲しめり遭ふともしれぬ明日を思へば

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