松本達雄歌集『海彼』自選十首
遥かなる万里の海彼あこがれて故郷を出でにきかの若き日よ
Berlinの壁の前には花束と怺へかねたる傷嘆の声
姉の手に縋りて歩み行く兄の丸き背中に柿の花落つ
秋風にほつれ毛なほす君が見ゆ汽車待つ小さき駅のホームに
高原にすすき穂むらはゆれやまずただに落暉のひかりにあそぶ
熱出でし妻にお粥を作りたり刻み昆布をひとつまみ添へ
札幌の狸小路の冬の夜の夜泣きうどんの笛の音かも
病む友の商ふ店に妻と来てかがりび草を買ひて帰りぬ
山すそを急ぐ旅人の一群と風のごとくにすれちがひたり
草蔭に苔むせる碑の文字うすれ誰がかたみぞと問ふひともなし
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