八雁短歌会

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小田鮎子歌集『海、または迷路』自選二十首

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自選二十首

眠らせておかねばならぬ我ありて春の日溜まり()けて歩めり
春キャベツ手で裂きながら毎日を壊してみたき欲望生まる
園庭にわが子を探すわが子だけ探せば迷う深き迷路に
夫知らず履歴書をわが書きしことも不採用通知届きしことも
不採用通知届きし夕暮れも時間通りに飯炊き上ぐる
誰にも何も貸したくないと抱え込みおもちゃで吾子の顔は見えない
振り上げし拳をどこへやるという自ら産みし子を殴るのか
われもまたしんくんママの顔をして見ているだろう子のお遊戯を
幾重にもバウムクーヘン巻かれたりわれは自由と束縛のなか
妻という椅子に深深と腰掛けて飲み干している食前酒(アペリティフ)かな
戦争に行くかもしれぬわが息子おもちゃの銃を打ちつつ遊ぶ
官邸を取り囲み抗議する声もテレビを消せば消えてしまいぬ
人に紛れて叫べどもわが声はわが声にして「十字架につけろ」
「凡庸な悪」にわが身は染まりゆく沈黙をいま決めてしまえば
眠る子を家に残してミサに行く守りたきものばかりが増える
釣りをすと坐れるわれに通るひと声かけくるる天草なれば
漁港より間近に見ゆる中学校校舎にわれはかつて学びき
風呂釜の下より母の「湯加減はどがんね」と問いくれたりし声
あけがたを響かう大江教会の鐘の音にわがゆっくり目覚む
思い出せないほど海を見ていない天草の海まだ帰れない

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