八雁短歌会

やかり

泉田多美子歌集『紫花菜』三十首抄

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三十首抄       阿木津 英選
剪定をしたる木の間に呉服屋のバーゲンセールの赤き旗見ゆ
車椅子こぎて来たりて生徒らは池の底ひの亀の子覗く
勤めへと行くさ帰るさわが跨ぐ枕木は今朝雨に濡れおり
「母さん」と庭に夫が吾を呼ぶ死にたる姑を呼ぶがごとくに
久々に石田比呂志に誉められし歌を日向に転がしてやる
子を二人産みて増やせし係累も罪のごとしよ今宵思えば
「雪降る」と声に(いだ)せば生徒らの見えぬ眼がみな外を向く
吹き溜まりなどには行かぬ花びらが舗道の上に乾きはじめつ
雨止みし部屋の明るさ唐突にテレビの中の踏切が鳴る
家を出て家を帰りてこともなし弥生尽日わが退職日
初夏の風とはなりぬ桜過ぎ躑躅(つつじ)を過ぎて主婦には飽きて
小春日のこんな一日は新しき(かつ)(ぽう)()着て良き妻となる
躓きて手より離れしパラソルがいと楽しげに坂道下る
(かつ)(さい)は空に響けどすでにして齢は炉辺の幸を拒まず
解けやすき靴紐結び直すたび人に遅るる道草楽し
昼寝より覚めし眼に向かい家の物干竿の向き変わりおり
美人湯と言えば浮かれて入るかな転ばぬように眼鏡をかけて
長酣居留守居の厠拭き上げてまずはお先に使いて帰る
卒業の三つ編み長き美少女は如何な涙に遇はむか此の後
墓場まで持ちてゆくべき二つ三つ何だったっけ()は梅雨の雨
若竹の幹垂直に伸びゆきて節と節との距離の確かさ
ふと何の魚かも沼の見ず撥ねて再び沈む己が濁りに
人一人何分程で焼くるのか考えており母焼くる間を
灰までも集めて入れしたらちねの骨壺軽し胸に抱けば
花鋏どこかに置きてそのままの今宵の庭を照らす月光
新年の髪を洗いて結い上げて義を果たすべき年始がひとつ
夫との襖一枚の隔たりの近付くということ有りや無し
脚張りて夕べの風を遣り過す蜘蛛をし見れば卵抱きおり
亡き母の綿入れ半纏日に当ててまた押入れの隅に納むる
 追悼 師・石田比呂志病院に運ばれ行きてそのままの師の(めし)茶碗(いい)残りおり

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